『土が生きる仕事をしたい』といつも言う藤本氏は最初からやきものの仕事を目指されていたわけではなく,いわゆる『寄り道組』です(^^)
藤本:国鉄職員をしていた20代後半,もっとアートなしごとがしたいと考えていましたが,友人の薦めもあってかねてより好きだった音楽JAZZを身近で楽しめる空間を作りたいとJAZZバー経営に乗り出しました。
とてもJAZZが好きだったので仕事は楽しかったのですが,(自ら演奏できるほうではなく)ただ他人の演奏を見ているだけの自分には満足できなくなってきました。
そのころ『自分の手から産まれるものを表現したい』と強く思うようになり6年間続いた店を閉め,木や草を使った造形物を造り始めるようになりました。(この時期,木を掘り出した素朴な表現で個展をされています)
約2年ぐらいそのような活動をしていましたが,野焼きでやきものにも挑戦したのですが,そこで土の面白さを発見したように思います。そして,仕事として陶芸に取り組むべく信楽にある製陶所に勤め始めたのですが,分業化が進みすぎてやきものを作っている気がしなかったので早々に転職し現代壁画研究所に勤めることになりました。
のちにコーアイも勤めることになるこの現代壁画研究所は土作りから焼成まで数少ないスタッフで一貫して作品を作り上げていましたので,やきものをいろんな角度から勉強できました。藤本氏とコーアイのいたころの作品として東京池尻小学校壁画『母子像』;高さ40メートルにもなる千葉モノレール駅前の壁画などがあります。
仕事をする傍ら,穴窯製作準備を着々と進めていた藤本氏ですが,すべて独学で勉強し,実際に自分の納得できる作品を焚き上げることができるようになるまで約3年かかったといいます。
藤本氏に1問1答『やきもの制作にあたって最初から穴窯を意識されたのですか?』
手探りで造形の美を追求していたとき野焼きに挑戦したのですが,そのとき見えた土の肌合いに魅力を感じ穴窯制作を始めることにしました。
『藤本さんは穴窯について師匠などに付かれたことなくすべて独学でされましたが不安はなかったですか?』
どこで学んだということもなく不安はありましたが,不安より自分の持てる力を信じることができたのが大きかったと思います。
穴窯製作は苦労しましたか?
別にしてません。(本当に苦労した様子がありませんでした)楽しかったです。昔から構造物を作るのが好きでしたから。。。それより苦労したのは,ある程度自分の納得いくものに焚き上げることができるようになるまででした。
それまでどれぐらい時間がかかりましたか?
約3年かかりました。『土が生かされた!』という満足感が出てきました。
作品ができるまでどの工程がしんどいですか?
作業上一番つらいのは窯詰めですね。ない頭を使いますから(^^;)
窯焚きで毎回気を使っていることは?
やはり窯詰めですね。焚きは4〜5日かけて焼成します。冬のほうが炎の引きが良いので窯焚きがしやすいなどという人もいますが,いつでも季節はOKですね。あとは焼成に使う薪ですが湿っていたり,ジン(樹油のある芯の部分)の効いていない松は敬遠されがちですが,それなりに使うようにしています。
毎回焚き方を変えているみたいですが,どんなイメージを持って焚かれているのですか?
私の場合荒い土が入っている土を多く使いますから,その造形物・土に合わせて焚き方を変えます。また,いつも新しい発見をしたいという気持ちもあります。
焼成のどのあたりで大きく変化をつけますか?
還元気味,酸化気味ということもありますが溜まる『おき』の高さや最終残す量などを十分考慮します。酸化還元を繰り返し『波を打たすように』焚く時もあります。
次回3月より開かれる個展のための作品をいま焼いておられますが,今回苦労しているところ,期待しているところはどんなところですか?
今回の窯では造形的にごくシンプルな花生け『升形:直方:立方』を制作しましたが,それぞれ形に合う焼きができるかどうかが楽しい挑戦です。
東京での個展は2回目です。
藤本秀『Bold and Basic』展
2002年3月2日(土)〜17日(日)
ところ:ギャラリー『YORI』
住所:渋谷区上原3-25-2
TEL:03-3467-3933 (月曜日 休廊)
東京での個展は好きですか?
いつも山の中にいるので,たまには都会の空気を吸うと刺激があって楽しいですね。
良い個展になることをお祈りしています(^^)本日はありがとうございました。(2002年2月8日深夜)
左は工房にある,とても暖まる五右衛門ふろ(また入れてね!)
|